茶の湯日記10月

不傳庵 茶の湯日記

おかしな言葉

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 


 残暑厳しい日々もおさまり、ようやく朝夕の風に、秋らしい涼を感じられる日々となった。この夏の節電の協力要請に対して、一度も、供給の危機的状況がおこらなかったのは、日本人の素晴らしさであると言えるのではないか。今後、日本は新しいエネルギー政策あるいは開発を進めていかない限り、より節電節約ということが、私達国民に求められていくと思う。

 私達は耐える事には、ある程度慣れているが、しかし、今後は、一方的に国民に我慢を強いるのではなく、政府、行政側のより一層の切磋を願いたいものである。

 さて以前にも書いたことでもあるが、この頃は新聞やテレビ等で使われる言葉の表現に、違和感を持つのは私だけであろうか。

 最近一番私が、嫌いな表現に「ゲリラ豪雨」というものがある。もう少し日本人の心にしっかり、うったえる表現を、マスコミなどは考えてほしい。全て漢字でなくてはいけないという事ではないが、「ゲリラ」とは、如何なものか。ニュース等で聞くたびに、情けないと思うのである。言語というのは、国や民族の基本である。自らの言葉で自ら考え、それを発信していく。もちろん、多くの人々、国や言語を異にする人達とのコミュニケーションを取る方法として英語をはじめとする日本語以外を用いる事は、否定されるものではない。むしろ奨励されるべき事である。しかし、何につけても自己の立場、立ち位置を誤ってはいけないのではないか。自らの言葉を失ったものは、自分をも失うという事をもう一度考えてもらいたい。

 日本に氾濫しているカタカナ英語でも、これはなる程と、思われるものは、自ずから長い年月も使用されている。しかしぽっと出の思い付きはすぐに消えてなくなる。E電という表現を覚えている方は、いらっしゃるだろうか。あっという間に消えた公共機関の典型である。

 警察のパトカーに最近は英語でポリスの文字がある。私には全く意味がないと思えるものだ。勿論、異論を持つ方もいらっしゃると思うが、こういった警察車両は、床屋のマークと一緒で、ある程度世界的共通の外観があるからである。交番にローマ字でKOBANと書かれているのはそれこそ、このパトカーの表記と矛盾するものである。

 さて最後に、漢字で表現されているが、ごく最近気象関係のニュースで驚いたものがあった。それは「一発大波」というものである。思わず目と耳を疑った私は、テレビの画面を見ながら、その表現を大真面目に何度も繰り返して使うアナウンサーを気の毒に思った。